島根県松江市、松江城から程近くに李白酒造はある。
その酒名、【李白】は、第一次大戦後の国際政治の混乱からやがては満州事変にまで至る激動の時代、政治家が命を賭す職業であったこのころ、二度の総理大臣を務めた若槻禮次郎が中国唐代の詩人李白に因んでつけた名前だという。
李白は言わずと知れた大詩人。
時代は唐、王朝はその成立からはや一世紀も経ち、各地で反乱がおこる混乱の時代を迎えている。出世を夢みながらも時代に翻弄され続ける李白。
でも大の酒好き。友人でありやはり同時代の大詩人、杜甫から、あいつは一斗のお酒を飲めば詩百編を紡ぎ出し、皇帝からのお呼びもなんのその、なんて酒を題材に謳われてしまうほどの酒好きだったという。そして根っから楽観主義者でもあった。
若槻禮次郎もお酒好き。
若槻禮次郎は松江藩の下級藩士の家に生まれ、幼少時代を貧困生活の中で過ごしている。そして刻苦勉励して帝大法科まで進み、主席で卒業するほどの秀才であった。
旧制の教育では漢文を徹底的に仕込まれる。李白や杜甫の漢詩もさぞ夢に出てくるくらいまで暗唱させられたのにちがいない。
そんな若槻禮次郎に、政治の荒波から一時帰った故郷の松江でほっと出会った懐かしい料理と地酒の味は、さぞ心にしみたに違いない。そして、政治家としての自分と時代に翻弄される李白とを重ね合わせもしただろう。
そんな想像をかきたてられてしまうお酒である。
まずは冷酒でいただく。
香りは蜜のようなほのかでおだやかな香りを漂わせる。
だが一端口に含むとインパクトはかなり大。適度に抑えた華やかさとみずみずしさが口に広がる。味にボリュームがありゴージャスとも言える。そしてふくよかな旨み。
それらは口に大きく膨らんでその後さっと収まる。
そしてぬる燗。
香りはほのかに米と麹由来のにおい。
冷酒の時に比べて華やかさはおさまって、代わりにまろやかな柔らかさが前面に出てくる。そして不思議とボリューム感は後退し、よりきれいな印象が強くなる。
舞台の表で躍動する冷酒に対し、ぬる燗は料理の影にひっそりと隠れて裏方にとどまる。
刺身、やっこ、木の実といただく。
ラベルで勧めているぬる燗はもちろん、冷酒もまったく異なった魅力を見せる二度おいしいお酒であった。
酒名: 李白 こだわり 生酛仕込み 純米吟醸
製造者: 李白酒造 島根県松江市
原料米: 山田錦
精米歩合: 55%